「ちゃんとしなきゃから自由」になる
「ちゃんとしなきゃから自由」になる
2025.06.01

親子は“ほどよい距離”が心地いい──好きが育つ家の、小さな習慣
完璧な親じゃなくていいと思えた、二つの親子のストーリー。
他の家のYouTube履歴って、ちょっと覗いてみたくなりませんか。じつはそれ、単なる好奇心というより「他の家の価値観や子育ての感じ方」を知りたい気持ちに近いのかもしれません。
今回は、ロボット大会を目指した親子と、不登校から親子関係を立て直していった親子という、対照的な二つのエピソードを紹介します。どちらも、「親が完璧じゃなくていい」と少し肩の力が抜けるお話です。
「うちの子、大丈夫かな」と思うたびに増えていく“見えないプレッシャー”
共働きで、都会で、小学生の子どもがいて。毎日なんとか回しているけれど、ふと夜にスマホを見ながら、こんなことを考えたことはないでしょうか。
このままゲームや動画ばかりで大丈夫?
勉強も友だち関係も、ちゃんとやっていけるのかな
他の家の親って、もっとちゃんとしているんじゃ…
情報が多い分、「正解の子育て」に近づこうとして、知らないうちに自分を追い込みがちです。
でも、SOZOWでいろいろな親子と関わる中で感じるのは、
“うまくいっているように見える親子も、スタートはけしてキレイじゃない” ということ。
今回はその中から、印象的な二つの家族のお話です。
ロボット大会を目指した三家族に共通していたこと
一つ目は、ロボットプログラミングの大会を目指した3つの家族の共通したお話です。小学生の男の子三人がチームを組み、約8〜9ヶ月、家族ぐるみで週の半分以上を一緒に過ごすという、なかなか濃い時間を過ごしました。
長く一緒にいると、自然とそれぞれの家庭の「素の関わり方」が見えてきます。
そこで強く印象に残ったのは、どの家も
子どもの「やってみたい」をすぐに消さない
ということでした。
「ロボット?難しそうだからやめておきなさい」ではなく、
「面白そうじゃん、どんな大会なの?」
「親の自分には分からない世界だなあ、教えて?」
というスタンスで、一緒に面白がる。
親が“正解を教える人”というより、一緒に探検する人としてそこにいる感じです。
親自身が決めたルール:「頼まれるまでは、手も口も出さない」
このロボットチームで、あるお父さん・お母さんが最初に提案したルールがあります。
子どもから「手伝って」と言われるまでは、親は口も手も出さない。
大人から見れば、「こうした方が早いのに」「こう分担した方がうまくいくのに」と思う場面は山ほどあります。でもそれをぐっと飲み込む。
理由はとてもシンプルでした。
最終的に作品を説明するのは親ではなく、子どもたち
「自分たちで考えて乗り越えた」という実感がないと、最後の発表のときに本当に困るのは子ども本人
だからこそ、
「これは子どもたちのチャレンジ。主役はあくまで子ども。」
と、あらかじめ親同士で線を引いておいたのです。
もちろん、親の側もモヤモヤします。
「今言えばもっと良くなるのに…」と歯がゆくなることも何度もあったはずです。
それでも見守る、という選択を何度も重ねていくと、
子どもたちの中に少しずつ、
自分たちで考える「クセ」
失敗してもやり直せる「感覚」
が育っていきます。
親も「自分の人生」をちゃんと楽しんでいる
もう一つの共通点は、親自身も自分の興味をちゃんと持っていることでした。
ロボット大会で地方に行ったとき、
建物や街を夢中で撮影しに行くお父さん
仕事や趣味の話を楽しそうにするお母さん
そんな姿を子どもたちは横で見ています。
親が「子どものためだけの人生」ではなく、
一人の大人として好きなことに夢中になっている姿は、
口で言うよりずっと強いメッセージになります。
「あなたも、あなたの人生を生きていいんだよ」
という空気が、言葉にしなくても伝わっていくような感覚です。
不登校から始まった、もうひとつの親子の物語
二つ目は、不登校をきっかけに親子関係がいったん壊れかけたご家庭の話です。
SOZOWスクールには、学校が合わず、平日日中のオンラインコースに通っている子どもたちも多くいます。
昭和〜平成初期を生きてきた親世代にとって、
学校は「行くのが当たり前」
不登校は周りにほとんどいなかった
そんな感覚が今でも残っています。
だからこそ、子どもが学校に行けなくなったとき、ついこんな思考になりがちです。
我慢が足りないんじゃないか
このままじゃ社会で生きていけない
ちゃんと通っている子どもたちと比べてしまう
その不安と焦りが、高圧的な言葉に変わってしまう。
「なんで行けないの?」
「このままでどうするの?」
悪気はなくても、子どもからすると「責められている」としか感じられません。
やがて、部屋にこもり、親とも話さなくなり、
ゲームや動画だけが心の避難場所になる——そんなケースも実際にあります。
変わり始めたのは、「子ども」ではなく「親の見方」だった
そのご家庭がSOZOWと出会い、3年ほどオンラインスクールに通ったあと、高校進学のタイミングで卒業されました。
そのときのお母さんの言葉がとても印象的でした。
「変わったのは子どもより、私の考え方でした。」
「学校に行けない=人生終わり」ではなかったこと
たまたま今の環境と合わなかっただけ、という見方ができるようになったこと
そして何より、自分が一番「ダメな子」というレッテルを貼っていたことに気づけたこと
価値観の“土台”を少しずつゆるめていった結果、親子の会話が少しずつ戻ってきたそうです。
手紙という、少し遠回りだけどあたたかい方法
このお母さんがとった行動は、とてもシンプルでした。
ある日、自分の気持ちを手紙に書いたのです。
無理やり車に乗せて学校に連れて行こうとしたこと
行きたくないと言う気持ちを受け止められなかったこと
「弱い子」「ダメな子」と見てしまっていたことへの後悔
それらを、ちゃんと言葉にして、紙に託しました。
部屋から出てこない子どもの前に、そっと置いておいたそうです。
劇的な変化が一晩で起きたわけではありません。
でもそこから少しずつ、
まったく口をきかなかった状態から
短い会話が返ってくるようになり
普通に会話ができる時間が増えていきました。
不登校という出来事は、子どもにとってもつらい体験ですが、
親にとっても、
「今までの当たり前を見直してみよう」
と促してくれる、大きなきっかけになることがあります。
親の「正しさ」より、親子の「対話」が子どもを支える
ロボット大会を一緒に走り抜けた親子も、
不登校から関係を作り直していった親子も。
出発点は違っても、どちらにも共通していたのは、
子どもを「親の持ち物」ではなく、
一人の人として尊重していること。
「こうしなさい」ではなく「どうしたい?」と聞く
うまくいかなかったときは、親の側も「ごめんね」と言える
親もまた一人の人間として、完璧ではないことを認めている
そんな関わり方がじわじわ積み重なると、
子どもは少しずつ、自分の好きや人生を自分で選べるようになっていきます。
まとめ:完璧な親より、「いっしょに悩める親」でいい
忙しい毎日の中で、
「もっとちゃんとしなきゃ」と思うほど、
親の罪悪感はどんどん増えていきます。
でも、本当に子どもに必要なのは、
何でも正しく導いてくれる“完璧な親”ではなく
ときどき失敗しながらも、「どうしたら良くなるかな?」と一緒に考えてくれる大人
なのかもしれません。
今日紹介したお話の親子も、
最初からうまくいっていたわけではありません。
子どもの「好き」を面白がる
子どもの人生は子どものものだと認める
うまくいかなかったときは、親も変わろうとしてみる
その小さな積み重ねが、
気づいたら親子の距離感をちょうど良くしてくれていました。
もし今、子どもの将来が不安でいっぱいでも、
「ここからやり直してもいいんだ」と思えるだけでも、
少し呼吸が楽になるはずです。
今日のどこか一文でも、
あなたの心に引っかかるところがあれば嬉しいです。

